世界に学び地域に還す,ものづくり環境教育 ?多文化共生・持続的社会の実現に向けた技術者の使命を学ぶための?

富山工業高等専門学校と富山商船高等専門学校は、
2009年10月1日に高度化再編し、富山高等専門学校が誕生しました。

ごあいさつ

?低炭素社会の構築に向けて?
富山高等専門学校長 米田政明
 今の宇宙は137億年前のビッグバンによって誕生し,やがて銀河,そして太陽系ができ,およそ46億年前に地球が生まれたと言われています。宇宙が存在すること自体,私には神が創られたとしか考えようがありませんが,太陽系惑星の成り立ちと絶妙の配置により第3惑星「地球」に水と空気があり,多様な生命が宿っていることは将に奇跡です。
 地球上の生命の起源は地球の誕生からおよそ6億年を経た今から約40億年前と言われています。最初の生命は海で生まれました。以来,進化を続け,やがて人類が誕生し,その人類は文明を持つようになりました。
 そして今,科学技術が進展し,地球上の多くの人々が文化的生活「ゆたかな暮らし」を享受しています。しかし,ゆたかな暮らしのために,日々大量の化石燃料を燃やして温室効果ガスであるCO2を排出し,地球温暖化が大きな問題となっています。アル・ゴアが「不都合な真実」の中でも指摘したように,自然のサイクルでの気候変動に人間の「ゆたかな暮らし」が微妙なゆらぎを加えている,このことが問題です。人類を含むすべての生命が上手に棲めば,まだまだ何十億年も使える地球です。
 これまでの技術は人々の暮らしをゆたかにするために役立ちました。衣も食も住もどんどん快適になりました。自動車や航空機も発達し,地球が相対的に小さくなってきました。しかし,このことが地球を生命が棲みにくい惑星にして良いはずはありません。これからの技術は地球を持続可能にする技術,人類を含むすべての生命が棲み続けることを可能にする技術でなければなりません。キーワードは「エコテクノロジー」です。これからの技術者は少なくとも地球環境に配慮するマインドが必要であると思います。
 昨年8月の衆議院総選挙の結果,日本に政権交代がありました。新政権の鳩山総理は国連で演説し,日本は温室効果ガスを2020年までに1990年比で25%削減することを目標にすると述べました。ゆたかな暮らしの質を落とさずにこの目標を達成することは極めて難しいと思われますが,日本のエコテクノロジーを駆使すれば可能かもしれません。
 ところで,国立高等専門学校(以下,高専と略記します)は,産業界からの強い要望に応え,中学卒業段階から実験実習を重視した5年一貫教育により,実践的技術者を育成する高等教育機関として昭和37年に創設されました。当時の日本はいわゆる高度成長の時代であり,それを支える多くの中堅技術者が求められていたのです。高専卒業生の人たちの活躍もあって,確かに日本の暮らしはゆたかになりました。しかし,一方では公害も発生しました。また,CO2の大量排出により地球温暖化に拍車をかけることにもなりました。将に,地球と人類の技術の歴史を相似形で見ているような気がします。現在は,高専は地域社会や産業界からのニーズに応え,技術者倫理を持ち,環境マインドを持った創造性に富む実践的技術者を育成する高等教育機関にシフトしています。
 一昨年の10月に金沢で「高専・技科大連携による国際環境シンポジウム」が開催されました。その中で,全国の高専と長岡・豊橋の両技術科学大学は環境マインドを持った人材を育成し,低炭素社会や循環型社会の構築に向けて積極的に取り組んでいくことを宣言しました(国際環境シンポジウム実行委員会「KANAZAWA宣言」)。
 さて,富山県に立地する2つの国立高専,富山工業高等専門学校と富山商船高等専門学校は昨年10月に高度化再編して統合し,新しい国立高専「富山高等専門学校」(以後,国立富山高専と略記します)に生まれ変わりました。国立富山高専は「環日本海地域の持続的社会を担う人材の育成」を教育目標に掲げ,また「共存・共生」を教育理念のひとつに掲げて,地球環境への配慮を重視する教育を行うこととしています。これは,まさにESD(Education for Sustainable Development)に合致するものです。
 そのような中で,富山工業高専と富山商船高専は,プログラム「世界に学び地域に還す、ものづくり環境教育~多文化共生・持続的社会の実現に向けた技術者の使命を学ぶための~」を両校で共同申請し,平成19年度から3年間の文部科学省現代教育ニーズ取り組み支援プログラム(現代GP)に採択されました。
 初年度の平成19年度は,技術者ESDの構築に向けて,主にESDに関する資料の収集,国内外におけるESDの調査,海外教育機関との協同教育に向けた準備を行いました。
 2年目の平成20年度は,前年度に引き続き,技術者ESDの構築に向けて,ESDに関する資料の収集,国内外におけるESDの調査,海外教育機関との協同教育に向けた準備を行った他,海外教育機関との協同教育の実施,ESD教材の開発と教育プログラムの構築,正課授業への導入を行いました。
 そして,最終年度の平成21年度は,前年度に引き続き,海外教育機関との協同教育の実施,ESD教材の開発と教育プログラムの構築,正課授業への導入を行い,更にその評価を行いました。
 開発したESDの具体的カリキュラムの特徴を端的に述べますと,狙いは①課題発見・問題解決型教育,及び②コミュニケーション力の育成教育にあります。ESDの基本は「他者を認め,他者を思いやる」ことを重視した教育です。それを具体化するには,多様な文化の存在を経験し,それを理解することが出発点になります。その上ではじめて,何が課題かを発想することができ,問題を解決するステップに進むことができます。そして,これらの前提となるのがコミュニケーション力です。
 本GPは平成21年度で終了しますが,平成22年度からは自立化し,これまでに得られた成果を新しい国立富山高専のカリキュラムに反映させ,高専の本科学生や専攻科学生を是非環境マインドを持った技術者に育成し,もって地域社会並びに国際社会に貢献していきたい,文字通り,「世界に学び地域に還す」ためのESD教育を定着させていきたいと思っています。
 本最終報告書は,本GPの趣旨・目的とこれまでの取り組みをまとめたものです。各位にはご高覧いただき,お気付きのことをご指摘いただければと存じます。また,各高専におけるESD教育プログラムの構築に際して本取り組みを参考にしていただければ誠に幸甚であります。
取り組み概要および総括「世界に学び地域に還す、ものづくり環境教育」
現代GP実施特別委員会委員長 丁子哲治
地球温暖化問題に関する世界の情勢
 地球温暖化問題に熱心に取り組んできた元アメリカ副大統領Albert Arnold Gore, Jr.のスライド講演の様子などで構成されたドキュメンタリー映画「不都合な真実(An Inconvenient Truth)」が2007年に日本でも公開され,反響を呼んだ。さらに,同名の著書が同氏によっても著されている。この「不都合な真実」とは,誰にとって「不都合」なのか。
 2008年7月に開催された洞爺湖サミットでは,2050年に世界の温室効果ガスを半減させる数値目標を共有することで合意がなされた。これは,世界が等しく協力して低炭素社会を構築していこうとするものである。しかし,具体的な方法論となるとまだまだ課題が多く,国連気候変動枠組条約(UNFCC)を受けて設置され,年に一度各国の環境に関わる省庁の大臣が集まり,同条約の成果について話し合う締約国会議(Conference of Parties:COP)の第15回がデンマーク・コペンハーゲンで,2009年12月に開催されたが,目覚しい成果もなく今日に至っている。その理由は,それぞれの立場での「不都合」を主張し,議論されているからなのではないだろうか。20世紀の概念からは不都合であっても,21世紀には何ら不都合ではないように変えることが必要ではないのか。そのためには,ESD(Education for Sustainable Development)が必要であると考えている。
高専の置かれている現状
 高専の設置は1962年に始まるが,その当時のわが国は欧米技術のキャッチアップの時代であり,そのことによって高度経済成長を続けていた時代でもある。そのような時代の産業界に求められての高専の設立であったと言える。
 しかしながら,既にわが国は技術先進国としてフロントランナーとなった今,産業界はこれまでとは違う道を歩まなければならなくなっている。そのような時代の変化に対して,高専教育も,これまでの設立当時の教育を続けていくわけにはいかない。フロントランナーとしての産業界で卒業生が活躍するには,高専も21世紀型の教育に取り組まなければならない。すなわち,従来型の「問題対処型」から脱却し,学生たちが自ら疑問をもち課題を発見し,生き生きと意欲的・創造的に取り組み,成果を社会に還元できる総合的な力を育成する「問題発見・解決型」と呼べる教育プログラムの構築をしなければならない。
 富山高等専門学校(以後,国立富山高専と称する)は,2009年10月に富山工業高等専門学校と富山商船高等専門学校が統合再編して設置された。国立富山高専は,複合融合した工学系学科と,文系学科,商船学科で構成されている。すなわち,全国でも極めて珍しい文理融合型高専と言えよう。教育目標は,イノベーション(Innovation),グローバリゼーション(Globalization),サスティナビリティ(Sustainability)あるいはダイバーシティ(Diversity)を表す,創意・創造,自主・自律,共存・共生である。これらは,ESDの概念とほぼ一致するのではないか。
「世界に学び地域に還す、ものづくり環境教育」プログラム
 国立富山高専で,これまで取り組んできた教育実績を活かしながら,新たな教育に取り組んできた一つが,本現代GPプログラム「世界に学び地域に還す、ものづくり環境教育」である。本プログラムでは,ESDが取り込んでいる教育プログラムを積極的に活用することを目指してきた。ESDとは,社会の課題と身近な暮らしを結びつけ,新たな価値観や行動を生み出すことを目指す学習や活動である。また,「ESDが対象とする持続可能な開発の問題は,環境,経済,社会(政治を含む)の3つの領域が複雑に絡み合った問題であることから,その問題を全体として捉え,解決の道を探るためには,ある一つの学問分野の知識と方法論を用いるだけではなく,自然科学,社会科学,人文科学のそれぞれの領域から接近することが不可欠である。」としている。しかし,このような概念はESDに限ったことではない。
 地球環境問題を解決し,持続可能な社会を作るには,環境,経済,社会(政治を含む)の3つの領域が複雑に絡み合っている問題を解決しなければならない。そのため,一つの専門分野の知識と方法論を用いるだけでは達成できない。すなわち,19世紀に科学者が誕生して以来,20世紀には科学技術として学問の細分化が極限まで進み,ピアレビューで支えられてきた学問分野ごとに知識の体系化が行われてきたが,20世紀末に公害問題をはじめとして,地球環境問題に直面するや,このような細分化された学問体系では解決しえないことが指摘され,専門分野を越えた知識生産の必要性が訴えられるようになったのである。したがって,環境問題の解決のための科学技術は孤立した活動ではなく,多様な分野からの参画が求められ,さらに科学技術の外側にある様々な活動と密接な関係を持つべきであると考えられている。
 以上のような諸背景のもとに,本プログラムでは文理融合教育プログラムの実施をまず考えた。インターネット環境を十分に活用したテレビ会議システムによる外国との交流,ロボットカー(コンピューター付電気自動車)を教材とする低炭素社会における技術開発シミュレーション,低炭素社会構築のためのものづくりプログラム開発,韓国,中国内モンゴル地域,英国北アイルランド等における学生との相互訪問交流などが主な事業である。さらに,地元産業界の海外進出拠点であるマレーシアにおける活動も特徴的な事業と言える。また,富山工業高等専門学校時代から毎年開催してきた「エコテクノロジーに関するアジア国際シンポジウム」においても本活動を報告し,多くの議論をいただいたことも特徴の一つである。これらのいずれも,「世界に学び地域に還す」ことを御旗に掲げてきた活動である。
 初年度には国内外で実施されてきたESDおよびその関連事項について調査し,2年度目には初年度に調査したESDのいくつかについて高専教育に適応を試みてきた。最終年度は,それらの教育プログラムを発展させ,高専としての独自のプログラムを完成させた。さらに,2010年4月に新高専として入学を受け入れた後のカリキュラムに導入することが最終ゴールと考えている。ESDプログラムは,それぞれの立場や組織によってそれぞれの特徴があろう。本報告書で報告した本取組プログラムは,いわば国立富山高専型ESDプログラムと言えよう。
 本報告書をご高覧いただき,本プログラムの更なる発展のため忌憚のないご意見をいただければ幸いに存じます。