世界に学び地域に還す,ものづくり環境教育 〜多文化共生・持続的社会の実現に向けた技術者の使命を学ぶための〜

富山工業高等専門学校と富山商船高等専門学校は、
2009年10月1日に高度化再編し、富山高等専門学校が誕生しました。

授業へのESD導入:環境材料工学科実験へのESD導入の試み

日時
平成19年4月~平成22年2月
場所
本郷キャンパス 各教室,環境材料工学科棟1F環境科学実験室,実習工場内工房など
履修学生
環境材料工学科1年生,5年生
担当
丁子哲治,高松さおり,伊藤通子
目的および内容
1. 目的
 持続可能な社会構築を担う専門人材の育成に関するビジョン「環境省 アジア環境人材育成イニシアティブ」には,以下のように述べられている。
 環境人材が身につけるべき知識体系としては,図1に示すとおり,専門分野―たとえば,法学,経済学,工学等―の知識を,縦軸としてしっかり身につけ,横軸として,環境・持続可能性という分野横断的な知見を獲得し,鳥瞰的な視点あるいは俯瞰力も備えて,自らの専門分野に環境・持続可能性の視点を内在させるような素養を身につけていること。
 また,その育成手法については図2のように示されている。
 環境人材を育成する手法としては,従来からの知識伝達型の教育では,十分とはいえず、具体的な事例をとりあげたディベートやケーススタディなどの参加型の教育が望まれる。また,教室の外での実地研修やインターンシップ,学生環境団体等での実社会での活動を通じて,職業との関わり,構想力,合意形成能力を養うことも求められるが,現在は,このような教育手法は十分には行われていない。これらの背景には,以下の3点が大きな課題として考えられる。
  1. 参加型学習等の実践的な人材育成ができる指導者が不足していること。
  2. インターンや実地研修の受入体制が整備されていないこと。
  3. 大学が外部の組織と連携していくためのマッチングの負担が大きいこと。
 専門の実験科目へのESD導入の試行では,T字型知識体系を考慮して学習のテーマを選定し,特に課題1で挙げられた参加型学習法の開発を目的とした。
 筆者は,技術職員として1年生から専攻科までの学生実験の支援を行っていることより,高専教育の特徴である一貫教育のメリットを活かす導入を試みた。
 参加型学習法としては,学生の発達度(学年)や専門,重点的に育成したい能力等によって,より学習効果の大きいと思われる手法を適用することが必要である。そこで,表1のように,科目(内容),ESDとして育みたい力,方法を組み立てた。
図1 望ましい内容 ~T字型知識体系~

図2 望ましい手法・場所 ~参加型,問題解決型,現場活用型~

2. 内容
 次項に現代GPにより実施した1年生と5年生の授業について報告する。
表1 専門の実験科目におけるESDの導入一覧
科目(内容) ESDとして育成したい力 学習の手法
1年生 基礎環境工学,環境材料工学概論(環境工学の基礎,材料工学の基礎,技術と持続可能な社会づくりについて) ◦科学技術を志す者としての視点の育成
◦聴き取る,読み取る,話し合う,表現するためのリテラシー(コミュニケーション基礎力)
◦技術者倫理
ブレーンストーミング/マッピング/発表/調査活動/分類/分析/自分たちの意見をまとめる/発表/講義/オリジナル教材によるグループ活動/科学的実験の企画,実施/結果のまとめ/議論と考察/発表/質問
3年生 分析化学実験(分析化学を用いた模擬的な環境分析方法の開発) ◦チームの協働で学びを深める
◦情報の収集,選択,共有,活用,発信等(情報リテラシー)
◦合意形成
◦課題の探求
◦科学的なデータ処理や考察
主にProject-Based Learningによるグループ実験(調査活動/科学的実験の企画,実施/結果のまとめ/議論と考察/発表/質問)
5年生 材料科学実験(ペルチェモジュールを用いた高効率エネルギー回収装置の作製) ◦あきらめずに考え抜く力
◦探求力
◦論理的思考力
◦創造的思考力―議論しながら考えを深め,知識を共有しながら新しい価値を生み出していく力
◦批判的思考力
主にProblem-Cantered Learningによる実験(調査活動/科学的実験の企画,実施/結果のまとめ/議論と考察/発表/質問)
専攻科 特別演習・特別実験(ものづくりによる地域の事業所の問題解決) ◦実社会の問題解決に取り組む
◦身近な社会問題に当事者として関わる
◦実社会における技術者としての社会的責任や役割,期待を知る
◦分野や専門が異なる人との合意形成や交渉などに対するコミュニケーション力
Problem-Based Learningによる問題発見,探求,解決型学習
(1)1年生
 学習活動の内容を表2に示す。(※環境教育プログラムとして1999年から実施している内容も含む)
学科
環境材料工学科1年生
人数
約40名
担当
丁子哲治,伊藤通子(技術職員)(21年度から新任の高松さおりが加わった)
科目名
基礎環境工学,環境材料工学概論
時間数
50分×2コマ×30回(1年間)
表2 1年生学習活動の内容
学習内容 手法
3 個人ワーク:教科書から10の環境問題を選び分析
グループワーク:地球環境問題の相互関係図作り(自作教材)
振り返り
 今日の授業で新しく学んだこと,発見したこと
調べ学習
ブレーンストーミング
相互関係図作りのマッピング
振り返りシートへの記入
4 グループワーク:写真教材を使って地球的課題を知る
 先進国と途上国の写真から感じたことを,付箋紙に書き出し,写真に貼っていく。付箋紙を未来に向けて変えたいこと,未来に残したいことについて,大紙にマッピング。
発表
振り返り
ブレーンストーミング
ラベリング
マッピング
発表
振り返りシートへの記入
7 グループワーク:新聞やWeb記事を使った情報リテラシー,エネルギー問題に関する時事ニュースを読む → 事実と意見の分類 → 自分の意見をもつために必要な情報収集 → グループでの話し合い → 与えられたテーマに関する自分たちの意見をまとめる → 発表 → 議論
振り返り
調査
分類
分析
自分たちの意見をまとめる
発表
振り返り
2 ワークショップ:それぞれのテーマのオリジナル教材使用
◦なぜイースター島は滅んだのか … イースター島の史実より,技術が社会に及ぼす影響を考える
◦携帯電話を買い換えるときに気にすること … 消費者の立場から技術を生み出す立場への視点の変化
◦持続可能な社会とは? … 望ましい未来社会に対して自分なりのイメージをもち,それに必要な要素を考える
講義
オリジナル教材による
 ブレーンストーミング
 ラベリング,マッピング
 ランキング,LCAの作成
 など
発表
宿題 調査・情報収集:情報リテラシーに基づいた調査活動 レポート
7 実験,グループワーク:物質から工業材料を作り出す
◦鉄鉱石から鋼,孔雀石から銅を還元
◦薬品からガラスを作製,貝・砂・塩からガラスを作製
◦薬品から6-6ナイロンの合成
科学的レポート
講義
科学的実験
レポートの作成
7 実験,グループワーク
◦レンズ付フィルム(富士フィルムのカメラ「写るんです」)の分解実験 → 設計思想を学ぶ → カメラを構成する工業材料の同定を目的とした実験企画 → 実験 → データを科学的にまとめる → 科学的考察 → 結果と考察に関する議論を大紙にまとめ発表
振り返り
調査
科学的実験の企画,実施
結果のまとめ
議論と考察
発表
質問
1. 授業の目標
  • 科学技術を発展させる基礎として,人間の尊厳と世界の文化の多様性を理解すること。
  • 世界各地に見られる貧困や南北格差などの地球的諸課題の現状を知り,その原因を理解すること。
  • 環境破壊などの地球的諸課題と科学技術との密接な関連を理解すること。
  • 持続的な開発をめぐる問題と,科学技術者としての私たち自身との深い関わりに気付くこと。
  • 開発をめぐる問題を克服するための努力や試みを知り,それに科学技術者として参加しようとする基礎能力や意欲・態度を養うこと。
2. 教育プログラム作りの視点
視点1:材料工学系学生の関心を呼びやすい,身近な生活の中の工業製品を教材にした「実験」からアプローチし,「追求」「討論」をしながら,環境問題の解決と科学技術の関連性を考えさせる。
視点2:学習方法としては,グループワークを基本に,話し合いやシミュレーションゲーム,実験的活動,調査などを取り入れた参加体験型学習とし,態度や技能の育成に重点を置く。
視点3:生産・流通・消費・廃棄・処理という工業製品の一連の循環システムで資源・エネルギーの流れを理解させ,その有限性や効率の良い活用方法に意識を向ける。そこから,一人ひとりが地球規模の諸問題や未来の人類の生存に関わる価値判断を行えるように工夫する。
視点4:因果関係が理解しやすい公害問題等とは異なり,現在の地球環境問題はその要因が巨大な経済社会の中で人口増加,貧困,食糧問題などの悪循環や,南北問題などとも複雑に影響し合った結果の問題であることを理解させる。
3. 授業で育成したい能力
 低学年での育成に重点をおいた知識としては,専門よりむしろ「他分野とのつながりや社会的影響」である。また,技術や技能としては,「合意形成のコミュニケーション力」「チームで働く力」「批判的思考力」「主体的学習力」,意欲や態度としては,「高専で技術を学ぶ意味」「技術への関心と当事者意識」「種々コミュニティへの参加意欲」「技術者倫理(知財教育/ESDを含む)」であり,中学年で重点的に学ばせたい「情報収集・選択・活用・発信力」の準備も大切である。加えて科目として育成したい能力は,科目に関する知識と,多様性の受容,自・他への尊厳,他文化や他の価値観への共感的理解,興味・関心,正義と公正,社会参加,未来志向などである。
4. 教材と内容,教育手法
ワークショップ型授業で
議論している様子

カメラの分解実験でLCAを
学び環境設計の考え方を知る


 授業のほとんどをグループワークで進めた。グループワークの途中に学生の思考を深める目的で新しい知識や情報を与えるために15分から30分程度の講義を挿入した。講義のみの授業は,全30回のうち工業材料に関する3回のみとした。
 「批判的思考力」を育成するために,時事問題についての複数の新聞やWeb上の記事を教材として調査させ,様々な角度から分析を行い議論させた。また,発表の機会を多くとり,議論が深まる「良い質問」を考え投げかける訓練や,互いに評価し合う訓練も行った。
 「主体的学習力」の育成のために,グループワークの前後には,個人学習を宿題として入れた。個人でしっかりと学んでおくとグループワークが充実するようにした。また,学年の最後には,1年間の総まとめとして実験の企画をさせた。正確なデータを出すことよりも,調査して議論し合意形成しながら企画,実行することに重点をおいた。その過程で科学的な視点をもつことを促した。
 「他分野とのつながりや社会的影響」「高専で技術を学ぶ意味」「技術への関心と当事者意識」「種々コミュニティへの参加意欲」「技術者倫理(知財教育/ESDを含む)」を育成するために,ワークショップ教材を開発し使用した。自作のワークショップ教材のテーマは,「残したいこと,変えたいこと」「なぜイースター島は滅んだのか」「携帯電話を買い換えるときに気にすること(表3)」「持続可能な社会とは」「技術と社会」などである。
 視点1~3のねらいを達成するための教材として,レンズ付フィルム(富士フィルムのカメラ「写るんです」)を使った。使い捨てカメラは,近年急速に普及した工業製品の中でも,資源とエネルギーの大量消費―大量廃棄や,利便さを求める人々の意識や価値観の変化を考えるための典型的な製品である。また,紙・無機・有機・金属材料と多種多様な工業材料から成っている点でも材料系学生にとって最適な教材となった。一連の学習過程において様々な情報を学生自身に収集させ,適宜,統計資料や新聞記事,講義,発表の際のコメントなどで補った。表3に,1年生の学習活動の内容をまとめた。
表3 ワークショップ「携帯電話を買い換える時に気にすること」
活動 配付物・教材 進行(伊藤) 解説・レクチャー(丁子)
10 はじめのアンケート アンケート用紙A
10 クイズ (1)~(4),(6) 導入,アイスブレーキング
15 材料の分類 大判紙半分,ソフトペン
<材料カード>
<4つの定義カード>
配付物を配る
 材料カード→学生数+班数
はさみでカットする
4つの区分に分類する
金属の中のレアメタルに印をつける
レアメタルについて
4つの材料について
(先週)
10 材料の分類 化学図録 ワーク終了(図を完成)させ説明をする 回答と解説をする
10 輸入先を知る <携帯の図><世界地図> 図を見ながら解説をする
20 エコリュック等を知る <エコリュックの記事>
<ブータンとニューカレドニアの話>
エコリュック,カーボンフットプリント,エコロジカルフットプリントの解説をする
25 製品になるまでの流れと問題点 <製造工程のカード> 大判紙上に行程順に並べて貼る
吹き出しを書きその中に,発生する問題
キーワードを書き込む
LCAについて
+10 おわりのアンケート アンケート用紙B
知識のプリント配付
5. 評価方法
 学生実験の評価は,実験に臨む態度,実験の成果物の提出,報告書(レポート)により,習得度の評価や,実験方法の評価を行うことが多い。このような報告書は,通常は統括的評価として行う。
 実験結果の報告書作成スキルやプレゼンテーションスキルは,技術者にとって不可欠な能力であるため,学習の成果はこのような,従来より高専教育で行われてきた評価方法に基づいた。しかし,統括的評価ではなく形成的評価として用いたことが,ESD教育プログラムとしての参加型教育法の特徴のひとつである。
○学生の学びの質の評価
 振り返り時間に学生が書いた文章や,グループワークにおける図や表などの成果物,発表用に作成した資料,調査結果をまとめた報告書などを分析し,学生にフィードバックすることによって,学習の深まりをねらい,本教育プログラムの評価も行った。
 それぞれの各学習活動の終わりに,振り返りシートを記入させ,学習体験の振り返りを行うとともに,学生の反応を調査した。
 また,1年間の様々な学習で作成したワークシートやレポート,調査報告などはすべてファイリングさせ,学習の過程を振り返る事ができるようにした。適宜,提出させポートフォリオ評価を行った。
○ねらいに対する到達度の評価
 各学習課題に設定したねらいに対する学生の到達度をみるため,学習過程で作成した,ワークシートやレポートなどの内容,発表の内容などを評価対象とした。
○授業前後における変化に対する評価
 授業前と後における学生の変化を確認するため,いくつかのアンケートを行った。例えば,携帯電話のワークショップでは,授業前と授業後に同じ質問に自由記述方式で答えさせ,学生の意識の変化を確認した。
6. まとめ
電気自動車等に関する
時事ニュースを調査

資源・エネルギー問題を
考える

 振り返りシートの記述を分析した結果を表4に示す。
 視点1の環境問題と科学技術の関連性に対する記述については,工業材料を教材とすることにおおむね肯定的に記述し科学技術への関心を示していることより,材料工学を学ぶ学生にとって適切なアプローチだったといえる。視点2の参加体験型学習に対する効果への記述については,毎年,手法に改良を加えた結果,肯定的に言及する学生の割合が増加している。記述内容は,「この授業は,毎回いろいろな人と話し合ったり,まとめたり,発表したり,新しい授業スタイルで楽しい。人と意見を交換しながら,新しい発見や自分の気づかないことを知ることができ考えさせられた」「自分たちで調べたり考えたりする授業だったので大変だったけど,話を聞いているだけよりも自分たちでやったことは頭に残っているので,勉強をしたという充実感があった」などである。参加体験型学習によって,多様な意見が集約し合意されていく過程,意見やアイディアの多様性から生まれる解決の過程などを,協力やコミュニケーションの楽しさとともに体感することが重要である。
 視点3の工業技術を学ぶ学生としての未来への価値判断については,導入当初は学習者の意欲を喚起したにとどまり,高専学生としての自覚が乏しく一般的な消費者感覚の記述に留まるものが多かった。しかしながら,「もっと学びたい」「正しい知識をもっとつけたい」という記述が約53%,自分にできることから行動していくという意欲に関する記述が75%の学生にみられた。このように,1年生の段階において,環境材料工学科で工業材料の基礎的なことを学ぶ意義や勉学への意欲を引き出し,材料工学を担う者としての視点を育成する結果を得られたことは,本教育プログラムの有効性を示している。
 その後,種々改良を加えて,2009年度に行った携帯電話のワークショップの結果を図3に示す。授業前は,携帯電話を選ぶときに気になる項目として,機能とデザインを挙げた学生数が圧倒的に多い。授業後は,気になる項目の種類が増えた。環境配慮型や素材・原料・材料などの記述は,授業前は0人であったが,それぞれ47人,40人が挙げるようになった。機能を挙げる学生は101名から55名の約半分に減り,デザインを挙げた学生は76名から25名へと約3分の1に減少した。また,メーカーや耐久性なども増加した。授業を受けたことにより,一般的な消費者の視点から,技術を学ぶものとしての視点が新たに生まれていることが分かった。
視点 振り返りシートで学生が言及した内容 言及した学生の割合(%)
導入1年目 導入2年目 導入3年目
1 工業材料が題材の実験・調査・討論・発表への肯定的な記述 84 95 70
1 環境問題解決と科学技術の関連性について肯定的な記述 78 65 55
2 参加体験型学習方法に対して肯定的な記述 84 81 95
2 新しいことを,学ぶこと・気づくことに能動的な記述 71 100 100
2 環境問題の解決への態度(興味・関心・意欲)および技能(協力・議論・思考)に関する記述 47 70 90
3 大量消費社会への問題意識と未来志向に関する記述 66 49 45
3 工業製品を検証することへの興味・関心・意欲に関する記述 34 95 42
4 様々な環境問題の存在と社会問題との因果関係に関する記述 80 74 88
4 地球環境問題の要因(南北問題)に対する理解 35 49 80
4 地球環境問題の要因(資源・エネルギー問題)に言及 66 26 30
4 地球環境問題の要因(先進国の大量消費の見直し) 54 70
図3 携帯電話を買い換える視点の変化

(2)5年生
 (現代GP以前から行っている内容も含む)
学科
環境材料工学科5年生
人数
約40名
担当
丁子哲治,伊藤通子(技術職員)(21年度から新任の高松さおりが加わった)
科目名
環境材料工学実験
課題
【温度差によるエネルギー回収】
時間数
100分×2コマ×4回
1. 授業の目標および教育プログラム作りの視点
装置製作の過程で,
PDCAサイクルを回す

装置作製のために調査し
議論する様子

 環境材料工学科では,材料中に熱エネルギーが輸送する現象について,4年次に「輸送現象」の講義の一部で学習する。しかしながら,材料中を熱エネルギーが移動する現象は,その様子が目に見えないために学生には比較的理解が難しい現象のひとつである。加えて,フーリエの法則をはじめとする種々の法則は数式で表されているため,理論と実際の現象とを結び付けてイメージできない学生が多い。「輸送現象」の演習問題でも,生活の中の身近な現象について,熱エネルギー輸送の観点から説明するような課題を苦手とする学生が多い。すなわち,与えられた数値を与えられた公式に代入して計算する問題は解けても,理論と実際の現象とを結び付けて考える力がなければ,創造力は発揮できないと考えられる。
 一方,一般的な学生実験は,あらかじめ用意された手順にしたがって行い,その結果と与えられた考察課題についてまとめたレポートを提出する形式をとっている。著者らが担当するこれまでの実験でもそのような方式によった学生実験を行ってきたが,ほとんどの学生は学習意欲に欠け,また,実験の内容についても十分に理解せずにレポートを安易に作成する傾向が見られた。
 以上のことより,理論と実際の現象とを結び付けて考える力を育成し,テーマに対する興味と関心を喚起した上で創造力を発揮できる学生実験をめざして,従来の実験指導の改善を試みた。すなわち,創造性の育成に主眼点を置き,学生の意欲を引き出しながら,種々の能力の育成をねらった。
2. 授業で育成したい能力
 5年生では,専門科目(熱エネルギー輸送)の実験として,課題に応じた装置を作製し,(1)定量的なデータを取ること,(2)理論的説明が十分にできること,(3)装置の製作において創意工夫した点が説明できること,に取り組ませ,「あきらめずに考え抜く力」「探求力」「論理的思考力」「創造的思考力—議論しながら考えを深め,知識を共有しながら新しい価値を生み出していく力」「批判的思考力」を育成し,「メタ認知能力」もめざした。
3. 教材と内容,教育手法
 環境材料工学科5年生の前期に実施される学生実験では,3つのテーマについて3グループの学生がローテーションで実施する形態を取っている。その1ローテーション(4週)で完結する,ミニプログラム(表5)として開発した。
 教育手法としては,「探求に基づいた発見学習」の要素と「問題中心学習」の要素を含んだものとした。学生にあたえた問題は,「温度差によるエネルギー回収」であり次の問題提示文を渡した。
 ペルチェモジュールをはさんで温度差を作り電力を取り出す装置を工夫して作製すること。できるだけ温度差が大きく,持続することで多量のエネルギーを取り出せるもの。ただし,ペルチェ素子を破壊する温度以下で使用すること。種々の材料中に熱が伝わる様子は,見た目では分からないので,理論に基づいてしっかりとシミュレーションをして作成すること。
 熱エネルギー輸送の現象として,固体,流体などの材料を媒体としておこる“熱伝導”や“対流”,熱を輸送する物質を必要とせず現象を支配する法則もまったく異なる“ふく射”も含めて,それら単独で,あるいはそれらのいくつかを組み合わせてペルチェモジュールの両面に温度差を作り熱エネルギーを与える。ペルチェモジュールが電力を発生し,それを測定する30分間は,装置の外部から自然エネルギー以外のエネルギーを供給してはいけない。装置の制作は学生一人ひとりが自由な発想に基づいた独創的なものとなるようにする。
 本プログラムの中で学生が製作する作品の成果は,最終的に取り出す電力として定量的に評価できるものとした。すなわち,理論と実際の現象とを結び付けて考えることによって,その科学的現象についての理解を深める。さらに,その結果をデータとして測定し,分かりやすく整理,分析,考察して他者に説明することによってさらに学生が理解を深めることをめざした。
表5 実施スケジュール
内容
第1週 与えられた問題から課題を明確化する
 製作する装置の企画書を作らせる。この際,図書文献,インターネットなどの情報の利用,他の学生との議論を推奨した。
 できる限り,実験結果を予測させ,ある程度の実行性が見出されるまで何度も計画を練らせ,装置の製作と実験に必要な材料,機器などのリストアップを行う。設計や計算等の記録は,全てラボノートを使用し,知的財産の創造や保護などのマネージメントを体験させる。
第2週 装置の試作による検討
 計画に基づき,予測どおりの結果が得られるかどうかにポイントを置き,装置を試作し,予備的に電力を測定してみる。予測どおりの結果が得られない場合には計画の修正を検討する。
 計画の修正には,他者の取り組みを参考にしても良いこととし,他者のアイディアをもらったときには,プレゼンテーションや報告書に,それを明記して,知的財産創造の尊厳を守ることや敬意を表することを学ばせた。
第3週 装置の製作およびデータ取り
 前週の修正に基づいて,装置を製作し,プレゼンテーションのための写真やデータ(30分間に発生する電流と電圧の変化)を取る。
第4週 プレゼンテーション
 パソコンやOHPなどによるプロジェクターを使用したプレゼンテーションを行う。学生同士で議論を行わせ,他の結果と比較,検討する。
報告書
 議論した内容を含めた報告書を作成する。
4. 評価方法
○自己評価,相互評価
 5年生では,実験前半に行う自己達成目標のワークシート,実験後に行う達成度自己評価のワークシート,プレゼンテーション相互評価のためのワークシートなど種々のワークシートを開発,使用した。特に,メタ認知能力の育成をねらい,実験の前半に自分自身の達成目標を個々に挙げさせ,実験後に自己評価を行わせた。
○考え抜く力(独創性)の評価
 本プログラムでは,学生の創造の過程の全てをラボラトリーノート(正式な研究開発用のノート)に克明に記述させ,学生自身の発想,発案であるかどうかについて,慎重に検討した上で評価した。
○情報収集・選択・活用・発信力の評価
 ラボラトリーノートにより情報収集・選択・活用の過程を,プレゼンテーションにより熱エネルギー輸送理論を理解しているか,そして他の学生(第3者)にとっても分かりやすい説明ができるか(相互評価シートによる)という観点から評価した。
 基本的には発表原稿を作成しないように指導した結果,発表の内容を吟味するようになり,OHPやPower Pointで示す内容を検討するようになった。さらに,自分が良く理解している無理のない言葉で説明するようになり,分かりやすいプレゼンテーションとなった。
○批判的思考力や論理的思考力の評価
 できるだけ多くの電力を取り出す事ができる装置の製作に夢中になり,試行錯誤の中で,理論的解析に基づいて結果を十分に説明することがおろそかになる傾向があった。しかし,得られた現象や結果から,材料などの物性値などを根拠として,少なくとも半定量的に科学的な説明ができているかについて評価した。このことを十分に評価しないと,ただ楽しい実験だったとの遊びになってしまう懸念がある。
○本教育プログラムの評価
 実験終了後,学生から聞き取り調査およびアンケート調査を行った。なお,この調査に際し,「本実験は,新しい取り組みであり,学生にとって良いプログラムになるように今後も改善をしていく必要があるため,今回実施してみたことによって感じたことをできるだけ素直に表現してほしい」旨,学生には事前に了解をとって行った。
 調査の結果,本プログラムに対して,ほとんどの学生が肯定的な意見を寄せた。
5. まとめ
 本章では,実社会においては当然存在するある程度の束縛条件の下で,与えられた問題に基づいて自由発想による課題を学生自身が設定し,実験計画を立案,実行し,かつその結果についてプレゼンテーションを行うというESDのための創造性育成プログラムを提案した。
 本プログラムは,4週間で行う学生実験で5年生の少人数を対象としたものであったが,著者ら2名のティーム・ティーチング方式で取り組み,実施結果はおおむね良好であったと評価できた。また,いくつかの問題点も明らかとなった。
2010.2.28