宮重ゼミ 卒業研究


オリエンタルランドの成功要因
〜東京ディズニーランドを例に〜
国際流通学科5年 伊東 英子


●○背景○● 
 全国のテーマパーク30社のうち16社が債務超過になっているという。その上、債務超過のおそれがあるという企業が7社あり、それをあわせると全体の77%、つまり8割ちかくが経営不振企業ということになる。そのような現状の中で「東京ディズニーランド」(千葉県舞浜市)は2003年3月末時点で累計来園者数が約4億人にのぼっており、開園から2003年3月までの年間入園者数に置き換えると1700万人を超える計算となる。これは世界においてもテーマパークの年間入園者ランキングで1位の座を誇っている。その他にも、週刊ダイヤモンド誌の中で、女性が選ぶ「顧客満足度」総合ランキングでも1位の座を誇っている。  そしてこの「東京ディズニーランド」を運営しているのが上で述べたが株式会社オリエンタルランドである。オリエンタルランドは深刻な日本経済の中で勝ち組、攻め組といわれている。集客が順調なのに加え、毎年売上高が過去最高を更新しているのである。
●○目的○●
  本研究では深刻な日本経済の下多くの企業が経営不振に陥っている中、勝ち組み・攻め組と言われる地位を確立しているオリエンタルランドの成功要因をあきらかにすることを目的とする。そこで成功要因として立地条件の良さ、高いリピート率の2つの仮説を検証する。



航空自由化が消費者に与えるメリット
〜 羽田−富山路線 日本航空新規参入による効果 〜      
国際流通学科5年 黒田亜希子


●○背景○●
 米国国内航空の規制緩和、それに続く欧州航空の規制緩和など、米国・欧州の航空産業において自由化が進んでおり、これらの航空規制緩和の影響を受け、日本も1986年 新航空政策を実施した。この新航空政策によって、国内線は運賃設定の自由、参入退出の自由が認められたが、運賃設定の自由はもとより、国内の空港事情(特に羽田空港の発着枠)から、参入退出の自由を保証するにはほど遠かった。しかし羽田空港の拡張工事完了と共に、参入退出の自由が物理的にも認められるようになり、1997年にはすべての路線で競争が可能となった。そして、富山空港国内線において、2002年7月 羽田−富山便に日本航空が就航、ダブルトラック化が行われ、全日空と合わせて1日8往復体制となった。
●○目的○●
  そこで本研究では、航空自由化によって消費者にメリットはあったのかについて考察を進めていく。 本研究では、「全日空単独運航の羽田−富山路線に日本航空が参入したことにより、競争が発生し、運賃下落又はサービス面での向上がみられたため、消費者が全日空か日本航空のどちらかを選択することが出来るようになり、日本航空の羽田−富山路線新規参入は消費者にとってメリットがあった。」との仮設を検証していく。



航空産業の自由化による観光産業への影響
〜金沢市の事例から〜     
国際流通学科5年 大丸 永里子


●○背景○●
 今日、社会の流れは「規制緩和」の時代である。交通における規制緩和は10年以上前から着実に進み、とりわけ90年代、その動きは活発化している。 1996年4月1日から、国内航空路線に複数の航空会社の参入を認める規制の緩和を実施したことにより、運賃の低価格競争が激化し、自由競争時代が訪れた。また、航空企業同士での競争のみでなく、鉄道、高速バス等他の交通手段との競争も激化し、交通産業全体に新たな展開が生じている。とくに、航空と鉄道とは熾烈な競争を繰り広げており、JRは続々と新幹線の延長、新型車両の投入を行っている。現在は、大手航空会社のANAやJALグループ(JALとJAS)は期間限定の大幅なバーゲン型の格安航空券でこの厳しい低価格競に挑んでいる。また、JRも割引きっぷや、グリーン料金値下げなどで航空に対抗している。
●○目的○●
  本研究では、航空産業の自由化が、北陸最大の観光都市である金沢市における観光需要にどのような影響を与えたのかについて考察を進めていく。本研究では金沢市を対象として、航空産業の自由化による競争激化が鉄道産業へ与えた影響、さらに観光産業に与えた影響について考察する。規制緩和が進んでいる今、航空自由化の意義について認識を深め、観光産業を結び付けて考えることは、非常に重要なことであり、したがって、今後は観光政策に対する航空政策の影響が増大してくるだろう。こうした観点から、航空産業の規制緩和と観光産業との関係について金沢市の事例を用いながら考察することを目的とする。



シネマコンプレックスとその増加要因
国際流通学科5年 広野悠太


●○背景・目的○●
 ここ10年間、シネマコンプレックスという形態の映画館が増加傾向にある。社団法人日本映画製作者連盟によれば2002年末の時点で全国2635スクリーンのうちシネマコンプレックスのスクリーン数は1396との統計が出ており、1993年からわずか10年足らずで日本映画館の総スクリーン数の過半数を占めるまでに至った。 1993年4月、神奈川県と大阪府に初のシネマコンプレックスとしてワーナーマイカルがオープンしたが、両施設とも、初年度の入場者が40万人、翌年には80万人と、入場者数は倍増したのである。このワーナーマイカルの成功を皮切りにAMI、UCIといった外資系シネマコンプレックスが次々と日本市場に参入を開始した。 また、外資系企業の日本参入を受けて東映、東宝、松竹といった日本の大手映画会社も次々とシネマコンプレックスを建設した。 では、いったいシネマコンプレックスはなぜこれほどまでに急増したのであろうか。
 本稿ではシネマコンプレックス増加の要因を明らかにすることを目的とし、消費者ニーズと時代背景を考慮したうえで、以下の三つの仮説での仮説検証を行う。 まず、第二章ではシネマコンプレックスは定義より必ず商業施設に付随することから、大規模小売店舗法改正に伴う出店規制緩和が増加要因であるという仮説をたて検証を行う。 次に第三章では、シネマコンプレックスは既存の日本の映画館と比較すると構造面において優位性をもっているという仮説のもと、従来の日本映画館がシネマコンプレックスに興行形態を移行していることを検証する。 第四章では多店舗化等の経営戦略によりシネマコンプレックスが増加したことを検証する。


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